半死半生のロードキルたぬきと止めさしについての考察

ロードキルとは車に轢かれて死んでしまった動物のことで、止めさしとは罠などで生け捕りにした狩猟鳥獣の息の根を止めることです。

僕は狩猟免許を持っていないし、動物を狩猟する必要にも(今の所)迫られていませんが、その辺に動物が死んでいて、それがゴミとして扱われてしまう運命にあるものは、拾ってきては利活用するようになりました。動物を「狩猟」ではなく「採集」しているわけです。このブログ記事で扱うのは二匹目の採集たぬきです。

まあ、近頃、畑の開墾に勤しんでいるので、そのうち狩猟の必要が出てくるかもしれませんが。。。サバイバルの問題ですね。ヴィーガンだけれども畑を守るために狩猟をするという人を僕は知っています。その人は殺した肉は人にあげて自分では食べない。

さて、ロードキルは礫死体ですからすでに死んでいます。だから止めさしは必要ない。と思っていましたが、この度のたぬきは半死半生。まだ生きていました。

ぐったりしていて動くこともできないものの、目はまだ開いていてこちらを見ている。これは早く仕留めてやらねばなりません。まだ止めさしはしたことがありません。しかしやらねばなるまい。

この後は生々しい記述がございますので、自己責任でお願いいたします。

ナイフで止め刺し

今回のタヌキで動物の解体は2回目。一回目を経験していることは大きいですが、やはりまだ動作が体に染み付いていないのが正直のところ。しかも今回は最後の命をとってやらないといけません。

ナイフで動物を止め刺す方法は二つ。頚動脈を断ち切るか、直接心臓を一突きするか。イノシシ猟では後者の心臓を長いナイフで突き刺す方法も多く用いられますが、今回は頸動脈にナイフを入れることにします。

一度、アメリカで羊の止め刺しから解体の手伝いをしたことがあるので、その時の要領に倣って気管に隣接するように走っている頚動脈にナイフを突き刺します。

ナイフを逆手に握りしめて頚動脈に向かって突き刺すと、瀕死で動けなかったタヌキが手足を振り回して暴れだしました。火事場の馬鹿力とも呼ぶべきか、ぐったりしていたのが嘘のように力強い。

突き刺す力が弱かったかまだ頚動脈が切れていないようで血が出ない。早く苦しみから解放させてやりたいという想いと、初めての作業による手際の悪さによって焦ってきます。次はより力を込めてナイフをさらに深く刺し入れると堰を切ったかのように鮮血が流れ出てきました。

止め刺しから絶命まで

頚動脈から血が溢れるのと同時にタヌキの体がバタバタと痙攣します。またしてもこれまた瀕死だった状態が嘘のような動き。

確かに羊をシメた時は僕が前足を抑えて、もう一人が後ろ足を抑え、もう一人がナイフを頚動脈に入れたのです。そして完全に事切れるまで数分間。いや、実際はもっと短かったのかもしれませんが、抑えている方としてはかなり長く感じたものです。もがく羊の反動が体に響いてくる。

さて、今回のタヌキも暴れ続ける。実際の時間は計ってませんが(そんな余裕なし)なかなか動きが止まらない。血は確かに大量に出ているから次第に酸素が行き渡らなくなって死に至るのは間違いないのですが、それでも少しでも早く苦しみを終わらせてあげたい。

沖縄にいる時はヤギやイノシシの解体が近所でも盛んに行われていましたが、イノシシはすぐに死ぬけど、ヤギはなかなか死なないと聞いていました。また、鹿なんかは血が抜けづらいから10分くらいは絶命までに時間がかかるなどの記述も。

たぬきの生命力も強いのかあまりにも動きが止まらないので、耐えきれなくなって心臓にもナイフを突き刺しました。しかしまだまだ死なない。この行為が死を早めることになったのか、それともたぬきの苦しみを増大させたかどうかは不明。

動かなくなったと思って解体を始めようとすると、再び動き出すという始末。しかし次第にたぬきの動きは少なくなっていき、やっとのことで息を引き取りました。

主観では最初にナイフを入れてからものすごい時間が経過しているように感じましたが、実際には適正だったのかもしれませんし、僕の技術不足でたぬきの死を遅らせて苦しみを増やしていたかもしれません。

苦しみを少なくしたいという焦り。
3月にも関わらず25度近くまで上がった正午前だったので肉を無駄にしないように急いで処理したいという焦り。
正しい方法で止め刺しをしたのかという問い。

そんなものが頭の中でぐるぐると渦巻いていました。

後々インターネットで止め刺しの復習をしていると、最初に棒で殴りつけて気絶させるとありました。確かにその方が動物の動きも止めれるし、苦しみも少なくできるに違いありません。それでいて心臓は動いているから血抜きもしっかりとできる。

無用な苦しみを産まない止め刺しについては考えていかなければならないですね。

殺すということと残酷ということ

たぬきの首筋にナイフを突き刺して、血が流れ出し、暴れ出すのを目の前で見ている時はそれこそ言葉に出来ないような感情が生まれたもので、なかなか動きの止まらない姿を見ていると恐れというか畏れというか、うまく処置できていないのではという迷いとか、ちょっと発狂しそうになるというか’、とんでもないカルマを背負ってしまったような感覚を覚えました。

致命傷を与えたのが僕ではないにしても、最終的に命をとったのは僕です。動物や鶏をシメるのを見ても特にかわいそうと思ったことはありませんし、最初のタヌキを拾って解体した時もそうは思いませんでしたが、いざ自らの手で動物の命を奪うとこんなにも違うのでしょうか。即死してくれれば楽だったのでしょうが。

しかし後になって思い返してみると、いつか殺した蚊やブヨやアブやハエやゴキブリなんかと同じなんですよね。バシッと叩くとただ静かにバタバタともがいてはやがて死んでいく。今回のタヌキもそうでした。ただ静かにバタバタともがいてはやがて死んでいきました。釣った魚でもそうですね。

虫も魚も哺乳類も殺すという行為が一緒なのに、なぜ哺乳類を殺す場面のみ「残酷」という形容が多用されるのだろうか。それが別に無益な殺生ではなく、「食べる」という生の営みの中心にある行為だったとしても。

古くから屠殺は穢多非人や被差別部落の人々の仕事。インドでは不可触民と呼ばれたアウトカーストの人々がこの職に従事してきたことからも、動物を殺すというということが忌み嫌われる行為だというのがわかります。

残酷さと人への近さ

これは人に近いということもあるのでしょう。哺乳動物は見た目や生態が人に近い。死を待つ動物たちは今にも泣きそうな目をしていると言われますし、確かにそう見えます。いや、見ている方が泣きそうだからそう見えるのかもしれません。

哺乳動物の死は人間の死を連想させます。ああ、人もこうやって死ぬのかと。解体していても人間の体と対して変わらないことにすぐ気がつきますし。内臓や筋肉の形や配置。さながら理科の実験室で見ていた人体模型を思い出すようです。

他の生き物はというと、水の中にいないという点で哺乳類に近い鳥類、一般的にはニワトリの屠殺にも抵抗がある人は多い。そして水の中に暮らす魚になると途端に捌ける人が増えます。まあこれは日本の文化的要素が強いです。欧米人は顔つきの魚料理はグロテスクで食べられないと言いますから、彼らにとっては魚を捌く行為も一大事かもしれません。

しかしスーパーに並んだ「食肉」となると途端に人々は残酷さを感じない不思議。不浄は見えなければ良いのでしょうか。トイレの構造と変わりませんね。僕にとっては誰かが手を血で染めてくれて、綺麗なところだけを享受していることに意識が及ばないことの方が残酷に思えます。

ところで食肉となっていてもいつも問題に挙げられるのが世界の各地で行われている犬食や猫食でしょう。これがある種のタブーとされているのは、犬や猫がペットとして人間社会と密接に関わっている文化圏がグローバリズムのスタンダードとなっているからでしょう。これも人との近さですね。

ところ変わって牛が神様として崇められるインドでは牛肉を食べるなんてもってのほかですし、イスラム教の人にとっては豚肉は不浄ですからありえません。イスラム教では犬も不浄な動物ですから欧米諸国とは扱いが全く違います。犬は狂犬病の原因になるし、汚いものでもなんでも食べるから、温暖で病原菌がはびこりやすいイスラム教圏で不浄扱いされるのは容易に理解できます。

結局は文化の違い、人の価値観、人との近さによって残酷さの基準が変わるのだとしたら、結局のところそれは人間都合。エゴ。ということになります。

虫、魚、ニワトリ、豚、牛、鹿、イノシシ、熊、犬、猫、クジラ。

どれを殺したら残酷で、どれは残酷でないということではない。のではないでしょうか。

むしろ僕がたぬきを止めさしをして、命をまさに奪おうとしていた時に覚えた「葛藤」のような感情を持つこと、それ自体がたぬきに対して失礼だったんじゃないかとさえ思うのです。だって、虫や魚だったらそんなこと思わなかったはずだから。

もちろん野菜の収穫の際にも思わない。でも命を奪うということに違いはありません。うんともすんとも言わなければ苦しくないし痛くないとは限りません。虫もうんともすんとも言わない。たぬきだって言わなかった。

止め刺しと苦しみ

そもそも苦しみが少ないことだけを考えれば麻酔をしてから殺すということになるのでしょう。自分ごととして考えても当然痛くない方がいいし、痛みは長引かない方がいいです。そういう意味では、殺すなら銃や電気ショックで一思いに殺してほしいというのは本音なのかもしれません。

一方で銃は動物と対峙するにあたってフェアな道具ではないという意見もあります。文明の圧倒的な力で動物をねじ伏せるのではなく、人と動物の知恵比べである罠での猟がフェアであると。

しかし、罠にかかった動物は暴れまわって苦しみ続けるわけで、罠の巡回が毎日でなければ、発見されて止めを刺されるまでその苦しみは続きます。

そしてナイフで頚動脈を切るということも一思いに殺すという行為とは離れた行為。

しかし苦しみそのものの大きさや質、そして残酷かそうでないかで良し悪しを決めてしまって良いのだろうかとも思います。殺すことは結局一緒。もちろん苦しみは少ないよう最大限に努力すべきですが、生き物を殺してそれを食べないと生きていけない人間生活から目をそらすことなく、直視するのが先ではないかと思うのです。

生きるということは、生き物の命を絶つこと。苦しみを与えること。命の循環とは苦しみの循環とも言えるかもしれません。食物は苦しみとして連鎖する。仏教は一切皆苦、全ては苦しみであると説きます。苦しみを理解しないと命というものが見えてこない。陰が見えなければ陽が見えない。苦しみを理解すれば翻って生命の喜びや躍動が見えてくるのではないでしょうか。

動物と植物の命を絶つことの違い

動物であろうが植物であろうが、命を絶つということに違いはありません。植物を殺すということは動物の生育の場を壊すことにもなるから動物を殺すことにも繋がります。

実際、アメリカの先住民だったでしょうか、動物の命を絶つことより、母なる大地を傷つける方が残酷だと言います。

まさしく。

今、土地を開墾して畑を作っていますが、それはまさにそこにある生態系、生命の営みの連鎖を破壊する行為と言えます。植物を殺しまくっています。何か一つを殺すのではなく、集合体を死滅させるという行為。笹やススキがはびこる「荒れた土地」かもしれませんが、あくまでもそれは人間都合。生き物たちは必死で生きています。

インパクトの少ない生き方

生きるためには殺さないといけないのは変わりません。

しかし、生きるための殺しを最低限に抑えることはできます。

今僕が(念願叶って)始めている鍬を使った人力でオーガニックな菜園だってまずは開墾して動植物を殺しています。しかし、この土地も今までよりも豊かにするつもりでやっています。だから今はごめんなさい。土も肥え、虫たちに溢れて、動植物が寄ってくる。生態系を豊かにする。そしてそこから食べ物も頂く。目の前の畑でとれた食べ物だからフードマイレージもない。そんな畑を目指しています。

奪うだけでなく、与えるということ。奪うことを少なくすること。そこから余剰を生み出すこと。

できるだけ人間の力で行うということは、奪うという要素を少なくすることができます。遠く中東から運ばれてくる石油に頼ることだって少なくなる。地方に押し付けた原子力に頼ることだって少なくなる。資源は全て、有機無機に関わらず生命です。

話は戻って、そういう意味では僕は狩猟は銃よりも罠のほうを好みます(狩猟免許ないですけど)。

人間の力の範囲内だけで完結しますし、銃は自分では作れないけれど、罠なら自作できます。お金もかからないし、面倒な法律の縛りも少ない。

一思いに殺すことだけが目的となると、銃とか薬とか機械が良いということになる可能性があります。動物も植物も。しかしその人力を超えた大きな力が産み出した結果がいまの社会と考えると、やっぱり僕には慎ましい方法が良い。大きな力は人を傲慢にしかねません。

奪うことも、殺すことも、苦しめることからも逃げることはできない。

しかしその営みの中で、奪って、殺して、苦しめた以上に生態系を豊かにすることはできます。余剰を生み出す。奪って終わりではなく、奪ったら与える。奪っては与える。奪った以上に与える。与えれば与えるだけ人にとっても豊かで暮らしやすい場所になる。

僕の中ではそれでしか苦しみや残酷さを解決する方法はないように思うのです。心でかわいそうと思っても始まらない。行為によって彼らに返すしかない。

そういう意味では結局のところ、狩猟しようが、畑をやろうが、スーパーで肉や野菜を買おうが、殺しは殺し。人それぞれの暮らしがありますから。その中でいかにインパクトの少ないチョイスを選んでいけるか。慎ましく、貪ることなく。

相変わらずの脱線、失礼いたしました。

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百姓2.0/自給リスト(自足に限らず);野菜、米、塩、味噌、建築、トイレ、経済、国家、獣肉(拾い物)、書籍、映像、音楽 etc /自著『旅をふりかえる旅』https://amzn.to/2Wb1mNs、『下らない生き方』https://amzn.to/2ZEjgKf /
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