放射能汚染すらなかったことにする「正常性バイアス」のこと

皆さんは放射能汚染についてどのように考えているだろうか。

2018年現在、事故から7年の月日が経過した今、多くの人がその関心を失ってきているのが実際のところであると思うし、関心があると思っている僕自身だって、どこか慣れてしまっているところがあるのも事実である。

「正常性バイアス」というのがまさにそれで、人間は自分にとって都合の悪い情報から目を背けたり、とるに足らないものとして判断してしまう傾向がある。人は都合が良いのだ。これは放射能だけに限らない。

農薬、添加物、抗生物質、白砂糖のような精製食品などの害が取りざたされても、みんな食べてるから大丈夫。
大気、水、土壌などの汚染も、みんなそこで暮らしてるから大丈夫。
馴れ親しんだシステムも、みんなこうやって生きてきたんだからこのままで大丈夫。

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国の基準を満たせば大丈夫?

放射能が語られているのも同じ文脈である。

「国の基準を満たしているから大丈夫」って、国が安全神話と言っていたのが崩壊したのに、なぜ今更簡単に国を信用できるのだろうかと僕は思ってしまうのだが、結局「大丈夫」と思っている方が生きていて楽なのだ。食べたいものは食べたい。難しいことは考えたくない。こうやって都合の悪い情報から目を背ける。

情報の取捨選択だって、結局自分都合なのである。自分が食べたいものに関しては、「この食材は体に良いらしいから」と喜んで食べるのに、「これこれは健康に良いよ」と他人から言われても興味はない。むしろマスメディアが代表する「みんな」が勧めると信じるのに、近しい人に勧められても信じないものである。こうやって広告代理店は社会を動かしているのだと言うことがよくわかる。

自分の信じたいものは信じられるし、信じたくないものは信じない。メディアで取りざたされたり、社会的に認知されたり、多くのシェアを獲得したものを信じたい。しかし、この「大丈夫」には一切の論理性がない。ただの好き嫌いが作り出した習慣であると言える。

このような習慣は生活の各所各所に染み付いているのを、僕も自戒の念を持って自身の暮らしの中に発見するのである。根拠もなく「大丈夫」と思った時、そこには落とし穴が待っている可能性を念頭に入れるべきだろう。

そんな自分自身を根拠の無さに仮託しないためにも、常日頃勉強を怠りたくないと思うし、データやエビデンスをおさえるくせ付けをしたいと思っている。

データやエビデンスに弱い日本人

日本人はデータやエビデンスなどの扱いに慣れていないのではないだろうか。欧米では文章を書く際に参考にした文献は出典を明記するのが当たり前であるが、日本では情報の出所に対する扱いが雑である。

結果、根拠のないものを信じるし、根拠のあるものも重要性を持って語られないのではないかと思う。そこではデータは公平のために使われるではなく、都合の良いように利用され、そして、都合の良いように解釈される。

ちょうど先月の10月25日に、国連人権理事会が日本政府に対し、放射能の避難基準について通達を出している。

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【米州総局】国連人権理事会で有害物質の管理・処理などを担当するトゥンジャク特別報告者は25日、国連本部で会見し、東京電力福島第1原子力発電所の事故で避難した子どもや出産年齢の女性の帰還について「問題視している」と述べた。被曝(ひばく)線量が年間1ミリシーベルト以下という基準が適切で、20ミリシーベルト以下で避難指示を解除している日本政府の対応を批判した。

日本政府は会見後に開かれた会合で、20ミリシーベルト以下という基準値は国際放射線防護委員会による勧告の範囲内だとし、報告者の批判は「風評被害に苦しむ福島の人々の状況悪化につながりかねない」と反論した。

国連報告者、福島事故の帰還で日本を批判 ー 日本経済新聞

風評被害云々と日本政府は言っているが、年間20ミリシーベルトを避難基準とするのはICRP(国際放射線防護委員会)の「緊急時被曝状況における人々の防護のための委員会勧告の適用」を根拠とするものであるので、事故後の暫定措置としてはまだしも、緊急時の基準を現在の平常時に適用するのは乱暴であると言える。

まさに風評被害というより、実害なのだ。

そして、事故から間もなくは半減期の短い放射性物質からの線量が落ちて行くが、事故から7年経った今、半減期が30年もあるセシウム137による汚染が大半を占める。それは、これからはどんどん放射線量が下がりづらくなっていることを意味する。だから事故後などの緊急時の年間20ミリシーベルトと、事故から7年経った年間20ミリシーベルトでは意味が全く違う

数字の語られる文脈を理解すること

このように、同じ20でも、語られる文脈によってまるで意味が異なってくる。しかもチェルノブイリでは年間1ミリシーベルトを超える地域では移住権が発生し、年間20ミリシーベルトを超えたら立ち入りすらできない。

ここで数字に翻弄されないためには、数字を公平に読み解く力をつけなくてはならない。

リポビタンDがタウリン1000mgと言うとなんとなく多く感じるが、1gと言ったら随分微量に感じる。しかしどちらも同じ量だ。

これと似たように、人々は果物の糖度に翻弄される。旨さとは関係ないのに。
ガジェットのスペックに翻弄される。ダサかったり、使いづらかったりしても。
そして日本政府の避難基準に翻弄される。実際にそれが安全な基準とも限らないのに。

同じ数字で帰還を促す日本と避難を促すチェルノブイリ。

ちょうどそんな折に、東日本各県の土壌の放射能汚染データをまとめているみんなのデータサイトが、彼らの集めた情報の書籍化のためのクラウドファンディングを立ち上げていたもののリターンとして、その書籍が我が家に届いた。

「みんなのデータサイト」放射能測定調査6年間の集大成 ついに書籍化!先行予約開始 ー MOTION GALLARY

そこに書かれている数字は非情であるが、その意味を理解すれば、僕たちが生活する上での幸せに反映させることができる。

食べ物を正しく選択できる。住む場所の参考になる。再び事故が起きたときのガイダンスになる。

楽観するでもなく、悲観するでもなく、なかったことにするでもなく、正面から立ち向かっていくために、数字を読み解いていくということ。

おっと、この放射能測定マップについて書こうと思ったのに話が長くなりすぎてしまった。続きは次回にすることにしよう。

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百姓2.0/自給リスト(自足に限らず);野菜、米、塩、味噌、建築、トイレ、経済、国家、獣肉(拾い物)、書籍、映像、音楽 etc /自著『旅をふりかえる旅』https://amzn.to/2Wb1mNs、『下らない生き方』https://amzn.to/2ZEjgKf /
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