長靴登山についてと、町石道(高野山)〜熊野古道小辺路〜大峯奥駈道の10日間スルーハイク

2013年のことなのですが、僕は一度、長靴でのスルーハイク縦走を試したことがあります。日記を読み返してみると(僕は縦走などの時は日記をつけるようにしています。テントの中での一つの余興になりますので)8月28日に九度山駅から町石道(ちょういしみち)を辿って高野山へ向かい、そこから熊野古道の小辺路(こへち)を通って熊野本宮に行き、大峰山脈の縦走路である大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)をつたって9月1日に吉野に抜ける10日間の山行でした。

使用した地図。左の3つは無料のパンプレット。右は昭文社の「山と高原地図」

この三つの道はどれも「紀伊山地の霊場と参詣道」として高野山、熊野三山、吉野、大峰などの建造物と共に世界遺産登録されています。アクセスが良くなく、かつ、それなりの体力を要するため、ほとんど人に遭遇しないという貴重な世界遺産と言えます。

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なぜ長靴?

長靴で歩こうと思った経緯ですが、そもそもこのルートを歩こうと決めたのは僕がサンダルで四国遍路をしている時で、遍路が終わったら空海ゆかりの高野山へは少なくとも行こうと思っていたのですが、どうせならそこから伸びる熊野古道と大峯奥駈道も一緒に歩いてしまおうと思い立ちました。

1000km以上を歩く四国遍路を耐えた超丈夫なサンダル「KEENのヨギ(YOGI)」

野宿&自炊遍路だったので縦走に必要なものはある程度持っていましたが、四国遍路のようにほとんどアスファルトの道ならいざ知らず、山岳縦走をサンダルでやるほどのレベルではなかったので、もうちょっとしっかりした靴が必要でした。地下足袋(クッションは入ってないやつ)は持ってましたが、重い荷物を背負っての急坂の下りは足に悪いですし、雨が降るとびしょびしょになってしまいますし。

そこで思いついたのが長靴です。

第一に何と言っても安いから

ちゃんとしたブーツを買うお金もなかったし、かと言って、中途半端なのを買うのももったいないですし。

おろしたてのブーツでの複数日の登山は足にフィットするか分からずリスキーだから

一度ネパールで必要に任せて買った新品のブーツが足に合わずにひどい靴づれを起こしたことがあります。結局コンバースのスニーカーで富士山より高い峠や雪上を歩く羽目になりました。長靴なら安いから合わなくても諦めがつくし、その場合は地下足袋でどうにかしようと決めました(結局、値段が安いからと言っているような)。

安いなりに防水

1週間以上の行程ならどこかで雨も降るでしょうから防水はありがたい。しかしその代わり透湿性はゼロなのでひどく蒸れることになります。

安定性のある靴底

登山ブーツに近い靴底のパターンなので、悪路の踏破性も良い。山小屋で仕事していた時も外仕事は長靴なので、なんとなく調子は分かっていましたし。

以前から少し興味はあった

長靴での登山は以前から興味があって、実践している人がいるのも知っていました。地下足袋での山歩きもしていましたが、前述した通り重い荷物を背負った時は足への衝撃が大きすぎるので、縦走には不向き。

なにしろ安いというのは、当時、特にお金がなかった僕には(今も昔もあまりお金に興味がないのですが)とても重要な要素で、高価な登山靴を買ってもハードに使えばソールはみるみるうちに減っていくし、ソールの張替えだって1万円近くかそれ以上するのだったら、最初から安くてどこででも買えるような靴で山に入れれば言うことありません。地下足袋も同じ理由で履いてましたし。

どこででも買える

そうです長靴はどこででも買えるんです。どんな田舎でもホームセンターはありますからね。この時の僕のように長い徒歩旅行(ロングトレイルと呼んでもいい)の場合、その長い行程の中で装備に不具合が出る可能性もありますし、行き当たりばったり的に行程を追加することもできます。

壊れたら買い替えができるし、持ち合わせてなければ簡単に買い求められる装備である長靴を履いての山歩きがそれなりに快適にできるようであれば、もう登山靴など買わなくて良いのではと考えました。

そして長靴を調達

四国遍路を終えた僕は一週間ほど徳島のお世話になった方や友人を訪ねていました。その道中の(たしか)モンベルでまずは大峰山脈の地図を買いました。当時はYAMAPなどの無料山岳地図サービスもあまりなかったと思いますし、そもそも僕は携帯を持っていませんでした。 wifiがあれば解約したスマホを使うことはできましたが。

そして次に作業服専門店ワークマンに行って長靴とウール混紡の厚手の靴下を2枚購入。1枚は行動用、1枚はテントでの就寝用です。

長靴は3〜4000円の物をチョイス。耐久性を考えて農家が使うような軽くてペラっとしたものじゃなくて、すこしズッシリしたものにしました。といっても登山靴と同じくらいかすこし重いくらいでしょうか。安全靴仕様で爪先に鉄板が入っていたのは別に必要なかったと思いますが。

どこでかは忘れましたが、もちろんスーパーで食材を買い込んでいます。当時の僕は基本インスタントの油麺(マルちゃん正麺などのノンフライよりカロリーが多く腹持ちが良い)がほとんどで、あとはパスタや蕎麦を幾分か。

インスタントの油麺はそのままバリバリ食べることもできますから、どうしてもお腹の空いた時の行動食にもなるし、燃料も節約できますね。ネパールのシェルパ族もそのままバリバリ食べてました。

四国から和歌山、そして高野山へ(Day 0-1)

バスで徳島駅近くのフェリー乗り場へ向かい、乗船(四国を一周歩いたのに、フェリー乗り場へはバスで行くのですか?という質問は無しでお願いします)。

船上で仮眠して、そこから電車で九度山駅へ深夜前に到着。翌朝5時過ぎに寝不足で目を擦りながら長靴での山旅をスタートしました。

1日目

まず歩いたのは九度山駅近くにある慈尊院から高野山へ伸びる表参道となっている「町石道」です。

その名の通り道標として1町(約109メートル)ごとに「町石」が設置されている道で、高野山の入り口の伽藍である根本大塔までその数180基の約22km、そこから奥の院までプラス36基で合計26kmの道のりです。

その町石は高さ3メートルを超える巨大なもので、さらに1里(36町)ごとに里石も設置されているなど、並々ならぬ努力と信仰の厚さが伺えます。

和歌山県観光案内のページでPDFのマップをダウンロードできます。
僕は駅で調達した高野山町石道押印帳を使いました。スタンプラリーになっていて楽しかったのですが、2018年1月現在、観光案内のサイトにはこの押印帳のことは書かれていないので、もう作られていないのでしょうか?

地図+スタンプラリー

この日の行程は26kmプラス熊野古道小辺路の入り口まで戻り、小辺路を少し進んだところの大滝集落で発見した東屋まで。ここまで約30km。ひたすらに続く上り坂と、初日ゆえに満載になったバックパックの重みが体に応えました。この日はこの東屋にテントを張ることに。

平坦な道ならまだいいですが、登山道でのほぼ登り続けの30kmは一日の行程としては少し長すぎますね。

ちなみに四国遍路ではその文化ゆえに各地に野宿スポットがあり、公園などでも地元の人に「今日はここで寝させてもらいます」と言えば「おお、気を付けろよ」と快諾してもらえるのですが、熊野古道は世界遺産ということもあってか、道中の駐車場など、いかにも野宿しやすそうな場所には必ずと言っていいほど「キャンプ禁止」の立て札がありますので、注意が必要です。

この大滝集落の東屋も2013年当時はキャンプ禁止とはなかったと記憶していますが、現在どうなっているかは不明です。集落の中にあって民家が近いですからね。

長靴の調子は?

さて、肝心の長靴の調子ですが、決して悪くないものの、ワークマンで買った厚手の靴下一枚だと、長靴特有のブカブカさゆえに靴擦れを引き起こしそうな予感がしました。通常の長靴の履き方としては間違っていないものの、長く歩く場合はスレは禁物です。翌日以降は靴下を2枚ばきにすることに。

熊野古道小辺路(Day 2-4)

小辺路(こへち)とは高野山と熊野本宮を最短距離で結んでいる参詣道で、さらにそのルートには1000mオーバーの峠を3つも挟んでいるという、神社仏閣と歩くことが好きな人にはたまらない道です。

石仏や石畳、史跡などがいたるところに散見される66.9kmの道のりです。

きっと高野山に行けばパンフレットでもあるだろうと予想した通り、小辺路のマップをゲット。さすがそこは世界遺産です。東屋などの休憩所や水場の情報も掲載されている、とてもよくできたマップです。

十津川村のウェブサイトからPDFでダウンロードも可能です。

2日目

強い雨の影響と疲労のせいであまり歩けず、昼過ぎについた祖母ヶ岳の無人小屋に逗留。

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この日は二人組のトレイルランナーと遭遇。何泊かするそうでしたが、66.9kmならワンデイでの走破も可能な距離なのでいつかやってみたい。

3日目

歩行距離30kmと再び歩きすぎて果無集落の駐車場でテント。日記によると5時から19時まで歩いています・・・

祖母ヶ岳を下りてすぐの集落にトイレを提供してくれている民家があるのですが、そこのおばちゃんが菓子パンやお菓子などのちょっとした食料を売ってまして、とてもいいキャラだったのですが、今はやっているのでしょうか?冷えたキュウリをいただいたとてもよい思い出があります。

4日目

小辺路終了、熊野本宮に到着。汚れた格好で観光客の中にいる居心地の悪さを感じ、世界遺産センターで大峯奥駈道の情報をリサーチし、小さな商店やホームセンター(コーナン)しかない中なんとかこのあと1週間分の食料を買い求ました(袋ラーメンばかり)。

小辺路ではその日の体力と相談しながらテントを張れる場所が見つかるまで歩くというような行程が続きました。禁止の立て札のある所はダメだし、人気のあるところは落ち着かないし。熊野本宮近くもキャンプ禁止だったので、結局大峯奥駈道に入って、七超峰の広場でテントを張りました。

長靴の調子は?

さて、ここまでの長靴の調子ですが、厚手の靴下を2枚重ねることで、長靴と足の間のズレがなくなり、全く違和感なく歩けるようになりました。

ソールはそれなりに安定感があるにも関わらず、登山靴ほどガチガチでもないので、あまり窮屈さを感じません。

特に雨が降った時はもはや最強で、どんなにぐちゃぐちゃな道でも、増水した沢の渡渉も全く御構い無しに突き進むことができます。

しかし欠点としてはその透湿性のなさです。靴下は蒸れて少しづつ湿り気を増して行き、就寝中だけでは乾ききらなくなっていきました。しかも2枚しか用意していないものを一度に履いてしまっているので替えがない。4枚買っておけばよかったと後悔先に立たず。

結果、どの時点からか忘れてしまいましたが、1日の行程を終えて靴下を脱ぐと長湯の風呂上がりのような白くてシワシワの足がお目見えするようになりました。

大峯奥駈道の入り口がわかりにくい

この記事を書いていて思い出したのですが、大峯奥駈道の北上ルートの入り口がとてもわかりづらかったのを覚えています。現在はどうなっているのでしょうか?

実際、僕の知り合いは結局どこから入って良いのかわからず、熊野三山の奥宮である玉置神社から奥駈道に入ったそうです。

実際僕も食料買出しの前にリサーチしようと思ってチェックしに言ったのですが、なんともよくわからずに世界遺産センターに聞きに言ったのを覚えています。

それは多分、僕が持っていた昭文社の「山と高原地図」の2013年度版がわかりづらいだけで(最新版で修正されているか不明)、国土地理院の地図を見ると、七越峰の真南に登山口があるのがわかります。

僕は上の地図上の七越峰の南西に伸びる道もトライしましたがよくわからなくなって、橋を渡って市街地に戻るのを横着してしまい、川を徒渉することにしました。その年は稀に見る水不足だったらしく、水量が驚くほど少なかったので、長靴であることをいいことに躊躇なく川に侵入したのです。

しかし2〜3cm読みを誤ってしまい長靴の中に水が入ってしまいました。貴重な靴下はビショビショ。この靴下に頼るしかないので固く絞って履きました。足はシワシワになりますが、あまり問題にはならなかったです。

1889年に大水害が襲うまでは、もともと熊野本宮は「大斎原(おおゆのはら)」(現在の本宮から徒歩10分ほど)にあり、熊野川、音無川、岩田川の中洲にあり、江戸時代になるまでは橋もかけられておらず、参拝するためには音無川を渡渉して禊ぎをおこなわなければなりませんでした。僕は図らずも水垢離をして身を清めることとなりました。

大峯奥駈道〜吉野(Day 5-10)

十津川村は大峯奥駈道の地図も配布していますが、全行程は載っていません。難易度が高いので観光客が安易に挑戦するのを避けるためでしょうか。
5日目

道中の玉置神社に参拝。神社の手水で給水しようと思いましたが水が出ておらず、社務所の方にお願いすると手持ちのボトルを飲み水で満たしてくれました。この年は水不足により手水もストップせざるを得なかったのだとか。

この日は古屋宿跡にテントを張るつもりがあまり広くなかったので、少し過ぎたところのトレイル脇に設営しました。

6日目

水不足はここにきて僕にものすごい試練を与えました。道中の水場を4箇所訪れましたがどれも見事に枯れていたんです。しかもトレイルを外れて足場の悪い道を片道5-10分ほど行かないとたどり着かない水場ばかりなので、体力的にも精神的にも本当に応えました。

気温も高く大量の汗をかいたので、玉置神社で満載にした手持ちの3リットルの水はどんなに節水してもあっという間に底を尽き、脱水で目眩がするほどになっていました。持っていた金剛杖が変化して弘法大師になり、僕を引っ張ってくれるような幻覚を見たほどです。

4つ目の平治宿下の水場は枯れていたものの水たまりができており、小さな虫もわいてましたが、これを煮沸して飲む以外に仕方ありませんでした(腹痛にはなりませんでした)。夜は平治宿前でテント。

南奥駈はその水場の乏しさから修験道者の修行としてもあまり辿られないのが一般的になっているとか。そのため、宿(しゅく)と呼ばれる行者や登山者のための小屋があり、そこにはポリタンクに溜めた水が用意されています。僕も500mlほど頂きました。これは有志によって担ぎ上げられているので、心付けを残しましょう。宿泊の場合も同様に。

7日目

出発してすぐの持経ノ宿の水場に豊富な水が湧いていたので命を救われました。三人組のおじさんが宿の備蓄用の水を溜めていました。お疲れ様です。

この辺りから切り立った尾根歩きが楽しい。釈迦ヶ岳山頂の釈迦牟尼仏の像には驚かされます。この仏像はブロンズ製で、その台座はもっとも重く135kgもあったそうです。そこで天川村の強力、通称鬼マサ(岡田雅行)が抜擢され、これらを一人で担ぎあげたとか。驚くべきことです。

この日は楊子ヶ宿でテント。

8日目

百名山の八経ヶ岳に到達。これまで3グループ五人にしか遭遇していませんでしたが、さすが百名山だけあって何人か登山客がおりました。八経ヶ岳までの道のりの土砂崩れ後で少し迷いました。行者還避難小屋泊。

9日目

台風接近情報があったので早めの出発。紀伊半島の台風は大変なイメージがあります。無事温帯低気圧になり、ほどほどの暴風雨で済みました。そして女人結界門をくぐって大峰山寺のある山上ヶ岳へ。さすがにここは観光客が多い。いきなり多い。お土産屋や宿坊もあります。大峰山寺では円空仏も見ることができます。二蔵宿小屋泊(避難小屋)。

10日目

無事に吉野におりまして金峯山寺で参拝。なんどやっても登山道を出た後のアスファルトのだらだらとした下りの道はしんどいですね。予約客優先で日帰り温泉に入ることができず、僕はお世話になった人を訪ねにそのまま神戸へ電車で向かいました。

そして用事を済ませると、中華街で食べ放題にありついて、食べても食べても満腹にならないので、胃が破裂するのではと思って恐ろしくなってやめたほどです。

結局のところの長靴の評価

小辺路では半分くらいはロードでしたがそれ以外は登山道、特に大峯奥駈道はなかなかの険しいトレイルです。ロープや鎖場も登場するし、森林限界を超えた切り立った尾根歩きもあるし、元々が修験道の開祖である役行者が開いた修行の道なので、通常だったら巻いて済ませるようなピークも一々上まで登ることになります。そしてそこには仏像が鎮座していたりするのですが。

登山道としてはだいぶ険しい部類に入る大峯奥駈道ですが、長靴で歩いていて特に不安になることはありませんでした。険しい岩場を進む時も、しっかりとグリップが効いて、歩きをサポートしてくれたように思います。

しかし、歩行中はドーパミンが出ていてあまり気にならないのですが、透湿性がないゆえの足の蒸れは気がかりです。靴下を脱ぐとシワシワですからね。結局靴づれは起きませんでしたが、もっと長い行程になるとどうでしょう。少なくとも、替えの靴下を多めに用意して、うまくローテーションできるようにすべきでしょう。

ただ、僕がそれ以降長靴登山を実行していないのは、その耐久性にあります。ソールの耐久性はそれなりだと思うのですが、側部が弱い。

実際、このスルーハイクで使った長靴を、その後の農家の仕事に持って行ったのですが、1週間くらいで側面が裂けてしまいまして、雨期だったこともあり使い物にならなくなってしまいました。

これでは山に入っている時に長靴が裂けてしまう可能性もあるわけで、この時点で信用できるギアとは呼べなくなってしまいました。もちろん、長靴のメーカーや、種類、個体差もあるでしょうが、個人的には仕事で使う長靴も何度か裂けていますので、ハードな環境では壊れるものなのでしょう。

そして、壊れたら買い換えるものなのでしょうが、「安いから良いや」とは思いたくありません。製造や流通による環境負荷を考えると、やはり長く使えて、かつ、リペアがしやすいものが良いです。長靴もテープや接着剤で補修は効くでしょうが、そもそもが裂けやすいのなら、ちょっと登山では使いたくない。

壊れてもホームセンターでどこでも入手可能であることを長靴のメリットとして上げさせてもらいましたが、個人的にはこんなにすぐに壊れるようならちょっと論外でした。せめて登山に使えないくらいボロボロになっても、野良仕事用として機能すれば十分なのですがね。

というわけで、その後、僕は普通に登山靴を買い求めました。レザーはメンテナンスをすれば長く使えてますし、磨り減ったソールは交換が可能ですからね。やはり壊れて丸ごと取り替えるより、ソールだけを換えて、他の部分は自分の足型に馴染んだブーツはお金では買えませんし、愛着も一塩でしょう。それでいて自然へのインパクトも少ない。

自分の財布だけを考えたら、長靴を換えに換え続けた方が安いのかもしれませんが、僕たちが多大なる恩恵を授かっている自然環境への影響を考えると、必ずしも安いとは言えないのではないでしょうか。

これが僕が長靴登山で至った結論です。参考にしてみてください。

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百姓2.0/自給リスト(自足に限らず);野菜、米、塩、味噌、建築、トイレ、経済、国家、獣肉(拾い物)、書籍、映像、音楽 etc /自著『旅をふりかえる旅』https://amzn.to/2Wb1mNs、『下らない生き方』https://amzn.to/2ZEjgKf /
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