1000km以上を歩く四国遍路を耐えた超丈夫なサンダル「KEENのヨギ(YOGI)」

正直このサンダル、KEENのヨギには驚いています。

愛用のKEENヨギ

何しろ購入したのは2013年の夏前だから、4年半も前のことで、それからと言うものの表題の通り1000km以上もこのサンダルで歩いてきています。もしかしたら1500km位に達してしまっているかもしれません。だいたいサンダルでそんなに歩くのもおかしいのですが、こんなに耐久性があるのもすごいじゃないですか。

ソールを見たってまだまだ現役なのが伺えます(私見)。普段使っている相棒は普段使っている姿らしく、さっきまで履いていた薄汚れた様子で写真を撮っています。

だいぶすり減ってますが、まだ溝が残ってます(よね?)

ちなみに1年くらい普通のサンダルとして使用したクロックスの方はソールの柔らかさも相まって、のっぺらぼうのように平らになってしまいました。

下の写真にある通り、母指球の内側の部分が避けていますが、使用上の問題は出ていません。

元々は白ベースに模様の入ったデザインでしたが、もうなんだかよくわかりませんね。見た目的に買い替えてしまう人もいるでしょうが、まだまだ使用感は変わらないので使い続けています。個人的にはボロボロのギターの格好良さみたいなものだと思っていますが。

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四国一周、四国の歩き遍路を耐えたサンダル

1000km以上を何をして歩いたのかと言うと、僕はこのKEENのヨギで四国遍路を歩いたんです。歩き遍路の野宿遍路。四国を一周して88箇所のお寺を回る1,116kmの歩き旅。一般的に四国遍路にトライする人は動きやすい運動靴を選ぶのが定石かと思われますが、僕はそんな中サンダルで歩くことにしたのです。

そしてそのヨギは今でも現役バリバリで普段使いしています。あまりに使いやすいので、職場で使っている時は、皆、他の安いサンダルではなくて勝手にこのヨギを履き回していたので、密かに歩行距離は伸びていることでしょう。

サンダル遍路に至った訳はインド

そもそもなんでサンダルで歩こうと思ったのかについてお話しします。四国遍路に旅立ったのは2013年の7月でしたが、その年の6月頭までの半年間、僕はインドとネパールをぶらぶらしていました。ぶらぶらしていたと言うのが一番正確な表現で、南北インドを往復してネパールの国境が近いと知るや1ヶ月ネパールに寄ったりしながら、人々がどのような暮らしをしているかを出来るだけ近くで感じる方法を探していました。観光地には興味がなかったのでタージマハルのあるアーグラー駅は3度素通りしたほどです。

物にサービスに溢れかえった日本に何か乗り切れないでいた僕は、マハラジャから物乞いまで多種多様なバックグラウンドを持ったインドの人々が、日々、自らの生活に真剣に向かい合っている様に引き込まれていきました。

インドの遊行僧「サドゥ」

そんな中で親しくなっていったのがインドのサドゥと呼ばれる人たちでした。彼らはカーストの身分制度から飛び出して、修行に身をおいた遊行僧たちです。あるものはひたすら座り、あるものは経典を読み、あるものは諸国を歩き回り、あるものは奉仕に身を置いています。宗派によって異なりますが、オレンジ色の上下に身を包み髪の毛やヒゲは伸ばしっぱなし、というスタイルが印象的です。髪の毛が絡んでドレッドヘアーになっている人も多く、僕が出会った中で一番長いドレッドヘアーの持ち主は身長の2倍に達してもいました。

サドゥ(pixabayより)

彼らは基本、托鉢(ドネーション)によって暮らしており、日本の托鉢僧が持つ鉢の代わりに、円柱型の取っ手付きのステンレスの容器(誰が読んだか通称「ババ缶」。サドゥのことを愛称を込めて「父」を意味する「ババ」とも呼ぶ)を片手に街角で喜捨を求めています。持ち物は概して小ぶりな肩掛けのバッグ(日本で言うところの頭陀袋)に杖(持ってないサドゥも多い)、足元はサンダルと言う出で立ちでです。

インドの宗教や哲学にはバガバットギータのような聖典や、ラーマ・クリシュナ、ラマナ・マハリシなどの聖者を通して少なからずも触れていましたし、仏教に入れ込んでいた僕にとっては、そのシンプルで我欲を捨て切ったような彼らの風貌に引かれていきました。まさに「捨ててこそ」と言って「南無阿弥陀仏」の言葉一つに成り果てて、踊り念仏を通して念仏を各地に伝えてボロボロになりながら歩き回った時宗の一遍上人を思い起こさせたのです。

インドにいる間、僕は図々しくない範囲で彼らと親しくするようになり、火葬してガンジス川にその灰を流す場所として有名なバラナシでは合計1ヶ月近くをサドゥの家で暮らし、ビートルズが就業したことでも有名で、ヨガの聖地であるリシュケシュではガンジス川の岸にテントを張るサドゥに2週間ほどお世話になっていました。

やることといえば彼らとゆっくり暮らしながら、近所にチャイを飲みに行ったり、カレーやチャパティ作りを手伝ったり、宗教的な話をしたり、空いた時間には現地の本屋で買ったバガバット・ギータや世界に禅を伝えた鈴木大拙の本を読んでいたくらいですが(おかげさまで僕が作るカレーは評判がいい)。

ゲストハウス暮らしの疑問

サドゥ達と暮らしている時は料理を作るなどの「暮らし」が目の前にあるのでそれなりに満ち足りてはいたものの、それ以外の時間はどうしてもモヤモヤした気持ちを抑えられずにいました。

というのは、一般化したバックパッカーの生活様式といえば、宿はゲストハウス、食事はレストラン、そのためカバンの中はたくさん余裕があるので、洋服などの持ち物は比較的多いと言う状態で、持ち物については個人の裁量でいかようにもなりますが、宿と食事を任せっきりの暮らしに退屈さを覚えていたんです。本来バックパッカーというのは衣食住をカバンに詰め込んで各地を移動するものであったはずなのに。

その上、日本人として日本のことをあまり知らないくせにインドにいることに違和感を感じて来ており、これは日本を見なければならないという想いをを強くしていました。そのころちょうどキンドルの無料本で種田山頭火の『四国遍路日記』を読んでいたことと、歩き遍路の話は聞いたことがあったので、日本に帰ったら四国に行こうと決めたのでした。そしてやるなら野宿(テント持参)で自炊でやろうと。そしてサドゥのようにサンダルで歩こうと。考えてみれば日本でかつて諸国を行脚していたお坊さんだって草鞋ではないか。そんなこんなでサンダルで歩くことにしたのでした。

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サンダル遍路スタート

持っていたサンダルはインドに入国してすぐに買ったTEVAタイプのストラップ型サンダルと、後半に買ったビーチサンダル。直感的にこれでは心もとないとも思ったので、表題にあるKEENのヨギを買ったのでした。ヨギは走れるサンダルだとも聞いていたし、何しろネーミングがぴったりだったんです。

ヨギ。YOGI。それはヨガ行者を意味します。

そして僕はバスを乗り継いで四国遍路のスタート地点であり四国の玄関口とも言える鳴門へ向かい、1000kmを超える旅路をスタートさせました。

正確に言うと出発してからの最初の2日間はインドで買ったTEVAタイプのサンダルで裸足で歩き始めました。それで何が起きたかと言うと、ストラップの当たるところから足の裏まで大量のマメが出来てそれが潰れ始めてしまいました。この四国遍路の旅では1日平均30km以上を歩いたのですが、初日はスタート時間の関係で距離が短くその半分くらいと見積もると、三日目の途中までで60km位しか進んでいません。それなのにマメだらけの血だらけになってしまったんです。

そこで裸足を諦め靴下を履くことにして、バックパックの中に用意しておいたKEENのヨギに足を通しました。これが完璧にフィットしました。思いつくメリットを箇条書きにしてみようと思いますが、どう考えても総合的にはランニングシューズでも履いた方が確実だと、予めお伝えしておきます。

・分厚いソールは長いアスファルト歩きによる衝撃を緩和してくれた。それこそ遍路道は昔は土の道だけでしたが、現代社会では残念ながら9割9分アスファルトと言って良いです。それでもできるだけ旧道が指定されたり、地元の有志たちが「旧遍路道」と呼ばれる山道を整備している箇所もあります。

・サンダルだからこその足指と足裏の高い自由度によって開放感に溢れていた。休憩時にはさっとサンダルを脱ぐことができるのも良いです。人はゆっくり歩くと時速3km、早く歩いて時速6km、その半分の4.5kmで歩いたとしても、一日30kmを目安にしていると6.7時間は歩くことになるので(間違いなくもっと長い時間を歩いていましたが)、履物による足への長い拘束時間を考えると、開放感は無視できません。

・当然、シューズに比べて格段に通気性が良いので、足の蒸れとは無縁だった。しかもその年、2013年8月12日には四国は高知県の四万十市で41度という日本最高気温を叩き出すほどに暑い夏で、そのために歩き遍路をしている人が少ない年とも言われましたが、足の蒸れに苦しんだ記憶はありません。因みに四万十が記録を打ち立てた日は僕は39度の香川を歩いていて、短パンから覗くふくらはぎが、アスファルトの照り返しで焼けるように痛かったのを覚えています。蒸れないということは、それによる靴づれのリスクや、悪臭を抑えることができます。

(その翌年に高野山が開山1200年だったので、メモリアルイヤーの前年ということもあり、人が少なかったのもあるでしょう。高野山は空海が開山し真言宗の総本山。四国を歩き終えた後に高野山に向かう遍路も多い)

・足が蒸れないのと同様に、サンダルが濡れることもない。当たり前ですがこれは重要です。シューズだったら汗で湿ってしまうでしょうが、サンダルは違います。また僕はサンダルであるのをいいことに、野宿スポットに到着しては水道の水でジャバジャバ洗うことができました。おかげさまで1000kmも歩けば誰もが苦しむだろう靴の臭いとは全く無縁でした(また匂いの話か)。

最後に僕が思うヨギの欠点は、裸足で履いて幾分か歩くと足の甲が擦れて痛くなることです。これは僕の足が甲高だからかもしれないけれど、アマゾンレビューを見れば分かる通り、同じ問題にぶち当たっている人は結構います。僕は普段27.5cmで、US9.5かUS10を履くのですが、愛用のヨギはUS10cm。もうワンサイズ大きかったら甲の問題は解決するのでしょうか?しかし、この問題は裸足で使用した時の話で、靴下を履けば何の問題も出ていません。もちろん裸足でちょこっと履く分にも問題なし。なので、僕は困っていません。

紆余曲折のサンダル遍路

とは言っても、KEENのヨギに履き替えた時点で潰れていたマメの影響はお遍路の行程のラスト1/5くらいまで尾をひくことになりました。一日の行程を終えるや足の裏を水で綺麗にして、インドで買ったアーユルヴェーダのフットクリームを塗布することで、一日30kmオーバーの酷使に耐えながらも、悪化することなく、ゆっくりながらも良くなっていきました。マメの痛みをかばうことで膝などの調子が代わる代わる悪くなってしまい、いつも痛みと一緒にいた気はしますが。

そんなわけで3日目にヨギに履き替えた後はずっとヨギでした。

一度寄り道して石鎚山に登った時の登りで、前半のロープウェイを使わない誰も歩かないようなトレイルはヨギで歩いたけれど、後半の岩場と鎖場の部分は地下足袋に履き替えて歩くことにしました。何しろ鎖場でサンダルが落ちたらバカみたいなので。

しかしそれなりの荷物を担いでのくだりの急坂は地下足袋では足への負担が大きかったので、ヨギに履き替えたらこれが絶好調。たまに小石が足裏に入るので、それをとってやる必要があるのですが、それ以外は山道でも全く問題なく適応します。すごい。

途中遭遇した歩き遍路の方に「スリッパで歩いている」と言われつつも、無事四国一周、88箇所をサンダルで歩ききり、1週間弱を徳島の知人友人宅で滞在させてもらった後、四国遍路の由来である弘法大師が開いた真言宗の総本山、高野山に向かいました。それからの行程はそのほとんどが登山道となるのでKEENのヨギから、道中のワークマンで購入したブーツ(長靴です・・・)に履き替えることに。その時の話は次回以降に。

サンダル遍路余談

余談ですが、サンダルで歩くこともそうなのですが、その時の僕ができる限り必要最低限の装備で、限りなくシンプルなライフスタイルをこの四国遍路に落とし込むことがテーマでした。それは前述したインドの遊行者であるサドゥたちや、時宗の一遍上人の「捨ててこそ」に通じる考え方です。

その実践として遍路道を移動している時に着る衣服は白装束と短パン一枚と決めました。この上下を毎日のように来て全ての行程を歩きりました。もちろん野宿場所に着いたら毎日洗濯。夏だったので大まかには乾きましたが、半乾きの時はそのまま着ます。人間は36度以上の体温を持つ熱源なので、湿った衣服も「着干し」してしまうのが早い。実際、物干しに干しているより格段に早く乾きます。

しかし毎日着用してはバックパックを上げ下ろしして、さらには手洗いによる脱水作業で服に大きな負荷がかかったため、遍路の中盤以降は各所が破れてきて、夜な夜なテントの中で裁縫をすることになったのですが、それも良い思い出です。持っている物が限られていると、それらを直し直し使うようになる。大量消費社会が失った喜びを噛みしめました。あまりにボロボロだったので、他の「綺麗なお遍路さん」(バスとか車のお遍路)にギョッとされることもしばしばでしたが。

食費も限りなく質素にしようと、35日間の遍路でかかった食費は約2万円でした。1日約570円、当時は三食食べてたので、一食平均190円。おかげさまでガリガリになりました。インスタントラーメンや、乾燥そば、パスタ、食パンばかりの糖質過多でジャンクな食事を、なんとか乾燥わかめや高野豆腐などの乾燥野菜で和らげるような荒れた食生活でした。今ならもっとちゃんとしたものをチョイスするでしょうが、その時は限りなくお金に関わらないようにすることを優先していました。

また、地元の方々には「お接待」でたくさんのご好意ををいただきました。それは食べ物だったり、本当に安価な宿だったり(500円以下。善根宿(ぜんこんやど)と呼ばれるそういった就寝スペースや無料で泊まれる御堂などは積極的に利用するようにしていました)、素晴らしい情報やお話だったり、お金までいただき、本当にありがとうございます。当時ロングヘアーで髭面でボロボロの白装束を着た男にも分け隔てのないご好意で本当に感動しました。

この四国遍路の旅では本当にたくさんの人にお世話になりました。お遍路ではお礼のために再び四国を回ることを「お礼参り」と言いますが、いつかやらなくてはという思いが頭の片隅にあります。前回は1番から88番へ歩きましたが、逆回りで歩く、「逆打ち」と言うのもありますし、何しろ四国の素晴らしい人々の中を歩いて、お寺で大声で般若心経を唱えることで、心も素直になっていく。本当に素晴らしい体験でした。

次に遍路を歩くときはきっとサンダル遍路ではなく、また何か違ったコンセプトで、違った学びを得るんだろうと思います。いつになるかは分かりませんが、いつもどこかでそれを楽しみにしている自分がいたりもします。結局はタイミングだと思いますので、それまで色々と精進あるのみですね。

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百姓2.0/自給リスト(自足に限らず);野菜、米、塩、味噌、建築、トイレ、経済、国家、獣肉(拾い物)、書籍、映像、音楽 etc /自著『旅をふりかえる旅』https://amzn.to/2Wb1mNs、『下らない生き方』https://amzn.to/2ZEjgKf /
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