グルテンフリーを始めたらもう戻れなくなる理由

僕がグルテンフリーの生活をはじめてから既に一年以上が経過しているが、再び小麦食が当たり前の生活に戻ろうとはとても思えない。

正確にはグルテンフリーになってからも時々少々の小麦を食べることはあるのだが、そのたびに以前には戻れないことを痛感するのだ。

なぜなら小麦を食べると体は重くなるし、思考は緩慢になるし、食後に極度の眠気に襲われるし。

もちろん少量程度なら症状も軽度か気がつかない程度である。が、思いの外ヘビーに喰らう時もある。食材にこだわったオーガニック小麦スイーツでもやはりグルテンはグルテンだ。

久しぶりに広島風お好み焼きを食べた時なんぞは食後3時間くらいは眠くて動けなくなってしまった。

食後に眠くなるなんて普通だと思っている人も多いかもしれないが、グルテンフリーにしてからはそんなことはなくなった。以前は運転中もよく眠くなったが、今では夜走り以外で眠くなることはない。

客観的には、たまに少し小麦を食べるくらいは良いだろうと思われるかもしれないが、それはむしろ逆だと思う。

かつての薬物中毒者が、ちょっとくらい良いだろうと魔が差して、彼の経験上の少量を服用したことで亡くなってしまったというケースは多いことだろう。僕の好きなシンガーもそんな感じで死んだし、数年前に絶賛された映画の登場人物もそんな風に描かれていた。

中毒者は日々の服用で一度に大量のドラッグを摂取しても大丈夫な体になっているが、中毒を克服したら、当時の半量ですら致死量の可能性があるということだ。

これはグルテンフリー生活者にも当てはまるだろうと僕は思っていて、久しぶりに摂取すると、それが少量でも体へのダメージは大きいと思うのだ。

髪や体を自然洗剤のみで洗ったり、またはお湯だけで洗ったりすると、香料の入ったものが余計に鼻につくようになるのに似ていよう。

田舎から東京に行った時の街の臭さもそうだろう。

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食事に話を戻せば、新鮮で良質な油に慣れると、安物の酸化した油の揚げ物はすぐに気持ち悪くなる。

その手の毒に耐性があった方が良いという人もいるし、確かにその方が余計なことを考えずに現代社会を生きられるのかもしれないが、着実に体は蝕まれていくのだろうと思う。

体の調子が悪くなれば、気分が上がらないのは誰もが理解するところだろうが、社会全体に心と体の不調が広まっていることは、一年に2万も3万もの人が自殺を選んでいることが示しているような気がしてならない。

なんとなく気分が上がらないことと、なんか気分が良いの差は、本当に些細なことなんじゃないかと、久しぶりの小麦の重さを思い出して思うのである。

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百姓2.0/自給リスト(自足に限らず);野菜、米、塩、味噌、建築、トイレ、経済、国家、獣肉(拾い物)、書籍、映像、音楽 etc /自著『旅をふりかえる旅』https://amzn.to/2Wb1mNs、『下らない生き方』https://amzn.to/2ZEjgKf /
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