僕が小麦をやめた理由。私見満載グルテンフリー考。

僕がグルテンフリーにすることに決めた決定的な出来事がある。

それまでパンや小麦菓子を食べた後は体が重いなとは思うことが多々あっだのだが、それはそれでジャンクフード的な代物だからだと思っていた。糖質の塊、トランス脂肪酸の温床。

しかし、ある日、お世話になっている自然食品屋が作っている、「国産」「オーガニック」「全粒粉」小麦を使った、僕がこの世で一番うまいと思っているパンを食べた時に、体が重だるくなってしまったのだ。

それまで僕は、不自然な精白小麦でなはなく全粒小麦であれば健康上問題ないのではと思っていたので、テニスプレイヤーのジョコビッチ選手が出したグルテンフリーの本に感化されてグルテン摂取を完全にやめた友人を半ば冷ややかに見ていた。

それが、こんなに真面目に作ったパンによって、体に好ましくない反応が出てしまうのだから考えざるを得なくなってしまったのだ。しかも小麦、そしてグルテンについて掘り下げて行くと、自分自身の体への関連も含めた、様々な問題が浮き彫りになって来た。

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今の小麦は小麦ではない

小麦は紀元前から人間生活を支えて来ているのだから、食事から小麦を省こうなんてヒステリックだと思うかもしれない。西洋諸国は小麦を主食にして繁栄して来たではないかと。

確かにそうだが、それは原種に近い小麦の話であって、現在の品種改良に品種改良を支えたサイボーグのような小麦とは話が違うのだ。

事の発端は60年代の世界的人口増加と、それに伴う食糧危機だ。その対策として生み出されたのがこれまでより生産性を10倍にまで跳ね上げた新種の小麦である。開発者のノーマン・ボーローグはそれによってノーベル平和賞を獲得したものの、とんでもない負の遺産を残すことになったのは後の祭りと言っていいかもしれない。

もはや元の小麦とは遺伝子構造がまるで違うこの現代の小麦が我々の健康を脅かしてしまっているのだから。

グルテンとは

グルテンとは小麦に含まれているタンパク質のこと。パンを捏ねる時のあの粘りはグルテンの働きによるもので、グルテニンとグルアジンによって構成されている。古代の小麦にもグルテンは含まれているが、現代の小麦は含有量がはるかに多く、種類も多様になってしまっているようだ。

9000年以上前から栽培されていたというスペルト小麦を使ったパンやピザを販売している人もごく少数ながらいるが、小麦アレルギーでも食べられる人がいるそうだ。もちろんアレルギーの程度はあるだろうが、それほど現代の小麦とはモノ違うのだ。

グルテンを構成するものがグリアジンとグルテニンと定義するならば、ライ麦や大麦にはグルテンはないことになる。ライ麦100%のドイツパンはボソボソだし、大麦のはったい粉(麦こがし、ツァンパ)には全く粘りがない。しかし、ライ麦にはグリアジン、大麦にはグルテニンが含まれているので、注意が必要だ。

アレルギーの話をするなれば、小麦に含まれるアレルゲンはグリアジン、グルテニン、アルブミン、グロブリンで、これは小麦特有のものであって、ライ麦や大麦などに含まれるそれとは同一ではない。しかし類似しているために、ライ麦、大麦でも小麦アレルギーの人が反応する恐れはあるのだ。

そんなわけで完全なグルテンフリー食を標榜している人は、ライ麦も大麦も食べない。

僕個人的な話をすれば大麦は僕の体には特に悪さをしてる感じはないので省いていない。と言っても、麦こがしや麦ごはん食べるのなんてそんなに頻度は高くないけれど。

ライ麦はパンそのものを食べなくなったので食す機会がなくなってしまい、実体験として検証できていない。

次に一体グルテンがどう体に悪さをするのかに話題を移そうと思う。

セリアック病

セリアック病とはグルテンに対する腸の自己免疫疾患である。自己免疫疾患とは、体内に侵入した異物を排除するための免疫系が、自身の細胞に攻撃してしまうことだ。

ヒトの消化酵素では消化できない一部のグルテン分子が未消化のペプチドの状態のまま小腸の上皮組織に吸収されてしまう。それによって免疫系統が誤作動を起こして自らの小腸上皮組織を攻撃してしまい炎症を起こす。

次第に栄養吸収を司る絨毛が損傷し栄養が取り込めなくなり、さらには腸粘膜上皮細胞のタイトジャンクションに穴が開くリーキーガットになってしまう恐れがある。

栄養吸収不全

まず栄養吸収しづらくなるというのは、食事の根本的な意味を問われる問題だ。快楽のための食事なら良いだろう。実際小麦にはモルヒネの受容体に作用する依存性のある物質を含んでいる。

最近ぼくは、食前の祈りなど、食べ物を与えてくれる生命と、その生産者たちに感謝することで、より貪らない食べ方を実践できているところだ。それによって食べ物を流し込むようなことはなくなったし、食べる量が少なくても満足するようになった。

今後、あっという間に世界人口が100億を超えると予測される中、粗悪な食品が大量生産され、世界中の森や山が削られている。その対応策の1つとして、少食が1つの鍵になろうと思っている。

別に断食しろとは言わない。少なくすればいい。ちょっと現代社会は貪りが過ぎると内心気づいている人が多いのではないだろうか。養生訓の貝原益軒が言うような「腹八分目」をどこまで出来ているだろうか?

人が少ない食料で暮らせるようになれば、生産者はより良質な食べ物を作ることに集中できる。なにせ現在は土壌も、タネも育て方も良くないので、野菜の栄養は昔のソレの1/6しかないと言われている。だったら1/6の収量で、美味しくて、安心安全で、栄養満点な方がいい。

そんな時にそもそも栄養吸収を阻害するような食べ物は、ぼく個人としても、時代の流れとしても本末転倒なのだ。

リーキーガット

健康な腸は非常に微細な穴があり、取り込まれた食事の中から必要な栄養として受け入れるべきか、毒であるとしてそれを排除すべきかを判断している。脳みその欲望のままに摂取した食べ物が、腸によってフィルタリングされるのだ。

しかしリーキーガットになると、良いも悪いも御構い無しに空いた穴からダダ漏れになってしまうのだ。ウイルスなどの病原体はもちろんのこと、現代社会特有の毒で­ある化学物質、農薬、添加物などに対して無防備になってしまう。

どんなにデトックスだと言って毒出ししたって、また、どんなにオーガニックだと言って安全な食事を心がけても、現代社会では大気も水質も土壌も汚染されているので、次々入って来る毒を完全に避けることはほぼ不可能と言って良い。それでも腸がそれら毒物をシャットアウトできれば話は早いのだが、リーキーガットはその望みを奪ってしまうのだ。

このように考えても、小麦食は現代社会を生き抜くのにそぐわないのがわかってくる。しかし、僕や貴方がセリアック病とは限らない!と言われれば、たしかにそうなのだが、グルテン不耐症の可能性は多いにある。

グルテン不耐症

グルテン不耐症はセリアック病のように自分の体を攻撃するような自己免疫疾患ではなく、腸に侵入したグルテンのみが攻撃対象となる。セリアック病ほどの大きな症状は現れないが、最近だるい、と言った軽度な体の変化が起こる。

ちょっとなら良いじゃないかと思うかもしれないが、慢性的で原因不明の倦怠感が日々のクオリティーオブライフに与える影響の大きさは計り知れない。むしろ、症状が派手な方が対策が取りやすいものでもある。毎日が鬱っぽいと感じる人はグルテン不耐症を疑ってみる価値はある。

何しろ一説では日本人の8割もの人がグルテン不耐症だという人もいるのだ。牛乳を飲む歴史の浅い日本人に乳糖不耐症が多いように、戦後から始まったくらいのパン食では、遺伝的に身体にあっていない可能性は十分にある。

セリアック病かグルテン不耐症かにかかわらず、腸壁を荒らして体内に侵入したグルテンは血液に乗って全身へも運ばれる。そして、その運ばれた先の細胞でも炎症を引き起こすのだ。

セリアック病に関連する病気は多岐にわたる。ハンチントン病、非ホジキンリンパ腫、甲状腺機能低下症、紅斑性狼瘡(ループス)、白斑、ナルコレプシー(発作性睡眠)、総合失調症、自閉症 、うつ、ポルフィリン症、不妊症、糖尿病、多発硬化症、リウマチ、と幅広い。グルテン不耐症でも少なからずこれらの病気に関する悪影響を及ぼす可能性はあると見るのが公平だろうと僕は思う。

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腸内環境とアレルギー

これまで見てきてわかることは、グルテンはまず腸に良くないということだ。昨今は腸の健康、とりわけ腸内フローラと呼ばれる腸内細菌の種類とバランスに注目が集まっている。どのような腸内細菌を保有しているかで、体質や病気のリスクだけでなく、性格まで決めているのだ。

近代医療はドンドン進んでいて、特定の腸内細菌を摂取することで体質や性格を変えたり、病気のリスクを減じたりすることができるようになっている。

実際我々は腸内細菌に生かされていると言っても過言がないほどなのだが、グルテンはそんな腸内環境を荒らす大きな原因となるのだ。

個人的な話をすると、僕は子供の頃からお腹の調子が良くなく、下痢体質であったから、腸内環境は良いとは言えないのだと思う。また、アトピーやアレルギーは腸内環境の悪化が原因と言われ始めているが、何を隠そう僕は子供の頃はアレルギー性か分からないがひどい鼻炎であり今でも埃っぽいところは苦手だし、5年ほど前に新鮮な車海老の刺身を頭も尻尾もバリバリ食べていたら甲殻類アレルギーになってしまった。

なるほどやはり腸内環境が良くないのだと思う。

別にエビを食べられなくてもなんとも思わないが、エビを使った調理器具で使った料理も食べられなくなったら面倒で外食できなくなるし、蕎麦や落花生、大豆のような他の食品へのアレルギーを持ってしまうのも嫌だ。

ならば、腸に良くないグルテンはやめよう、というのも僕にとっては切実な理由だ。パンが食べられないより、蕎麦が食べられなくなる方が困る。日本人としても。

グルテンと遅延型アレルギー

アレルギーはアレルギーでも遅延型アレルギーというものがあるのをご存知だろうか。きっと健康分野に明るい人は注目しているキーワードだと思う。

今まで知られていたアレルギーといえば、アナフィラキシーショックに代表される、突発的なアレルギー反応であった。実際僕もエビを一切れでも食べると立ち所に喉がイガイガし出す。それくらいだからまだましだが、茶碗蒸しに隠れた小さなエビでこのざまなのだ。

しかし遅延型は違う。アレルギーに該当する食べ物を摂取してから数時間後ないし、数日後に症状が現れるのだ。それも倦怠感とか、肩こりとか、お腹の調子がとか、肌荒れなどの形で。

最近なんだかダルい、という人は遅延型フードアレルギーを疑う価値はある。大好物だった食べ物が遅延型フードアレルギーに該当してしまうというケースも少なくないようだ。検査は2018年現在3万円位でできるそうなので、僕も機会をみてやってみたいと思っている。

ここで問題になるのが再びグルテンだ。日本人の遅延型フードアレルゲンで特に多いのが、グルテン、そして卵だと言われている。

日々の活力低下に悩んでいる人はとにかく小麦と卵を数週間省いてみるのも手だ。何しろ給食世代を終えた人はみな自分達の食事をチョイスできるのだから。

また、遅延型フードアレルギーのリスクをヘッジするためにも、同じような食事を続けないのも得策だ。

小麦とジャンクフード

僕がグルテンフリーの生活を始めて、正直一番良かったと思っていることは、それだけで食事の内容が大幅に改善するからだ。

家で自炊しているときは野菜中心で全くストレスのない食生活を送っているが、時に外食をしたくなることももちろんあるし、ちょっとした間食をしたい時もあるし、遠出の際にはコンビニやパーキングエリア、道の駅にお世話になることもしばしばだ。

僕は(幸い)ラーメン信者ではないし、ファストフードも行かないのだが、やはり外食となると野菜少なく、炭水化物多めで、粗悪な油にになりがちである。(もっといいとこで食えよと怒られるかもしれない)。しかも現在住んでいるのは広島。広島といえばお好み焼き。いくらキャベツが入っていても、残念ながらラーメン同様糖質過多のジャンクフードの部類に入ってしまうだろう。故に美味いし、ソウルフード足り得るのだろうが。

しかしグルテンフリーだけは徹底しておくと、お好み焼きも、パスタも、ピザも、パンも、パン粉で揚げた揚げ物も(これは粗悪な油とセットだ)選択肢に入らない。

そんな人生楽しくねーじゃんという人はドンドン食べれば良い。しかしこれは僕の人生だし、健康を保てている方が僕には楽しい。

それに僕にとってはこれらの食事は食後に体が重くなって後悔すらする部類のものだ。残された食事を見ても、和定食や蕎麦(もちろん十割)、中華(ラーメン除く)にエスニックと、選択肢は十分にあるし、食後も爽快だ。小麦を選択肢から省くだけで、チョイスが全体的にヘルシーになるのも興味深い。

パーキングやコンビニなどでの間食もそうだ。お菓子というものは大体小麦でできていることに気付いて驚かされる。そんなお菓子はマーガリンやショートニングなどのトランス脂肪酸や、大量の砂糖が混ぜ込まれたおよそ体にいいとは言えない代物だ。グルテンフリーを標榜することで、これらの誘惑を断ち切ることができたのは本当に良かった。

と言って、さらに添加物にまみれたものを省くと、ごくたまに見かけるシンプルなポテトチップスかナッツくらいしか選択肢がなくなる。煎餅は大体アミノ酸が入っている。シンプルなポテチも油を考慮すると考えものだが、他のチョイスより大分ましだ。

そもそも僕にとって、コンビニなどに溢れるお菓子は、食べたら結局後悔する代物だったから、迷わずナッツを選べるようになって清々しているくらいである。

正直、あー良かったと思っており、我慢してストレスが溜まることはない。今のところ。

グルテンフリーは潔癖である必要があるか

小麦にアレルギーを持っている人は完全にアレルゲンから遠ざかる必要がある。しかし僕はそうではないから100%潔癖である必要はないと思っている。別にそれを妥協とも思わないし、どっちみち基本的には食べないし、公言してしまっているし。

禁煙を頑張っていた人が、一本でも吸ったら禁煙失敗みたいな話になるが、一本で何が変わるというのだろうか?僕は一年に0本から数本タバコを吸うことがあるが、自分を喫煙者だとは思わない。多分誰も思わない。別に0か100かで考える必要はないだろう。

お酒だって飲まなくなったが、ごくたまに、どうしても飲みたい時や、祝いの席では飲まないこともない。翌日が最悪だから飲まないのが良いのだが。

だからグルテンフリーも僕は同じように考えている。誰かの誕生日でケーキが出てきたら少しは食べる。お酒と同じ感覚だ。合法ドラッグはそのくらいの付き合いがちょうどいい。

お陰様でグルテンフリーを始めてから、体調が良い。小麦食べたいというストレスもない。むしろあんなジャンクなお菓子食べちゃったという後悔が湧くことがない。

日本は相変わらずのガラパゴスなのでまだまだ一部の人にしか浸透していないグルテンフリーだが、欧米ではもはや当たり前。ベジやヴィーガンなどと同様、多様性の一つとして捉えられている。

もはや糖質制限やパレオダイエットの核心はグルテンを抜くことにあるのではとすら思える。そしてアジアの米文化に想いを馳せる。麺も米。春巻きも米。和食は健康と言われる所以もここにあるように思える。

しかし米ばかりの食事は明らかに糖質過多なのだから注意が必要だ。僕も自給可能なことをベースに食事を組み立てるとどうしてもコメによる糖質が多くなってしまいがちだ。

しかし玄米食は調子がいいので、その個人的な部分を大事にしたいと思っている。理論や流行に踊らされるでなく、自分の感覚に問うてみる。少なくとも僕の体は今、グルテンを避けるようにと警告してくれているのだ。

参考文献

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百姓2.0/自給リスト(自足に限らず);野菜、米、塩、味噌、建築、トイレ、経済、国家、獣肉(拾い物)、書籍、映像、音楽 etc /自著『旅をふりかえる旅』https://amzn.to/2Wb1mNs、『下らない生き方』https://amzn.to/2ZEjgKf /
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