【あるもんで建築】7.小屋の床下になるところで直接炭を焼いて敷く 〜コンポストトイレを小屋から持続可能な方法で作る

杉の皮むきも済んだのでいよいよ柱の作成に入りたいところだがその前に少し脱線。

伊勢神宮や法隆寺の下には大量の炭が埋められているという話は以前に少し触れて、掘立基礎を埋設するときに少量だが消し炭を入れた。

【あるもんで建築】3.穴を掘って掘立基礎を焼く 〜コンポストトイレを小屋から持続可能な方法で作る

ネットで検索するとお伊勢さんや法隆寺については建物の地下に埋まっているのか、床下に敷いているのか情報が曖昧なのだが、まあこの際どちらでも良い。それはどちらも効果がありそうだからだ。

床下に敷くのは一般的には炭の持つ調湿や脱臭効果を期待してのことだろう。

一方「炭埋」で検索すると一般的にはオカルトと捉えられそうな記事が出てくる。炭を埋設することで「ケガレチ」を「イヤシロチ」化することができ、そんな土地では人は健康になり、植物も元気になるという。

それは炭を埋めることで電位差がなく還元電圧の大地となりマイナスイオンが集まるからだとか。僕はこの分野にあまり明るくないのであまりうまく説明できない。

この炭埋は明治生まれの物理学者、楢崎皐月氏の理論に基づいており、彼が1万2千箇所の土地を調査した結果、神社は全てイヤシロチに位置していたと言う。

なるほど、ならば炭を埋めてみることにしよう。この理論については今後掘り下げて見たいが、とにかく実践だ。

何しろ僕はお寺や神社に行くと気分が良くなるからだ。まあ主観だ。主観は僕にとっては大事だ。だってこれは僕に関することだから。気分が良くなるのはただ単純に宗教的な人間だからかもしれないが、どんな一般論も個人差の壁を越えられはしまい。

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炭を焼く

さて、もちろん炭焼きのノウハウはないが、消し炭くらいなら簡単に作れる。しっかり燃やした木に水をかけて消火してやるだけだ。本当はちゃんした炭を埋めるのが良いのかもしれないが、買ってくるでもないし。物は試し。

ちょうどホゾの削りカスや木の皮が大量にあるのでこれらを整理がてら焚き付けにして、立ち枯れた松の枝でも焼いて炭にすることとする。

その炭をどこで焼こうかと言うと、完成した土台の中でやろうと思うのだ。木造の土台を囲んで火をつける。なぜそんな馬鹿みたいなことをするのか。

炭焼きついでに

それは、丘の上に面したこのトイレ小屋には土台にも高頻度で雨が当たるだろうから、土台にも防腐処理をしておきたいこと。また、掘立基礎を焼いたときに地上に出る部分はそんなに焦がしていなかったので、あわよくばその部分にも少しでも防腐処理できればということ。そもそも基礎材はもっとしっかり炭化させる必要があったのではないかと、後悔先に立たずな懸念が生まれていたこと。

埋設前の掘立基礎

さらについでのついでに杉の柱も少し焦がしてみることにした。同様に防腐処理できれば良いし、皮を完全に剥ききった訳ではないから気持ち程度でも防虫になれば良いし、一本混ざっている伐採したてのカビた杉柱は少しでも殺菌消毒かつ乾燥を進められるのではないかと言う期待からだ。

火をつける

やはり穴を掘って炭を埋めるのは面倒なので地上部で火をつけることにした。これで床下に炭が敷きつめられることとなる。

山盛りの薄く削った杉皮があるのでマッチ一本投入するだけで簡単に火がつく。

ついでに物干し竿をかける杭の埋設部にも焼きを入れることとする。

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火が安定して大きくなってきたら杉の柱を豚の丸焼きでもするように定期的にくるくる回転させる。もちろん豚なぞ丸焼きにしたことはないがまあイメージです。

杉の厄介なところは、その燃えやすさゆえ、ちょっと油断するだけで急速に焦げてしまうこと。火の大きさと風向きを見ながら四本の杉の柱の位置を変えたり回したり。追加の薪を取りに行った隙に少し焦がし過ぎたり。右往左往走り回る。

しかも暑い。当たり前だが。

なので綺麗に満遍なく焦がすことは諦めて、煙で燻せば良いということにした。その間に物干し用の杭はしっかり焦がす。土台はちっとも焦げていない。基礎を焼いた時の記事でも大胆に燃やさなければいけないと書いていたと思うが、結局ビビりすぎた。

だって全焼したら笑えない。しかし全焼なんてそんな短時間でしないのも頭ではわかっている。結局はビビりなのだな。

それでも少しはスモークできたのではないだろうか。昔の家が囲炉裏の煙で強化されていたような効果を期待。気休めかもしれないが。

しかし写真で見る火は迫力がない。実際は随分とアバンギャルドなことをしている気分なのだが。

水をかけて消し炭にする

しっかり燃えた薪から順々に水をかけて消火する。これで消し炭の完成だ。これで床下一面は炭で敷き詰められたことになる。

この作業中ずっと頭にあったのは何かの宗教儀式みたいだと言うことだ。思考が一歩間違えば土台ごと燃やし切って大地に捧げたくなってしまいそうな気分になる。そんな馬鹿なことはないって?いやいやチベット仏教の砂曼荼羅はそういうことをしている。精密でカラフルな曼荼羅を砂で描いて完成するとたちまち壊すのだ。

建物を建てて火をつけて執着もろとも焼ききる。諸行無常。すべてのものは常ならん。流石にそれはしないけれど。

しかし神社仏閣の下に炭が埋まっていると聞くと、それは完成した建物全てを燃やしきってその場に再建してたからじゃないかと妄想が広がっていく。伊勢神宮の式年遷宮で出た材は全国各地の神社などで再利用されているそうだが、一度くらいは天照大神に捧げて火をつけた歴史とかはないのだろうか?まあ妄想ですがね。ネットで検索しても引っかからないし。

ただ、今回僕がやったように建設地、または建設予定地での炭作りは行われていたのではないかと思う。運送手段は人力か動物しかないような時代にわざわざ遠くで炭を作るなんて大変だ。それに建物を作るにあたっては端材がいくらでも出るのだから炭の原料にも溢れている。

とにかくこれで散らかっていた建築現場も少し整理できたし、工程を先に進める準備もできた。端材についてはこれからも出てくるだろうか、また良きタイミングで炭にしようと思う。

とにかく何かに取り憑かれて建物ごと燃やさないようにだけは気をつけたいと思う。

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百姓2.0/自給リスト(自足に限らず);野菜、米、塩、味噌、建築、トイレ、経済、国家、獣肉(拾い物)、書籍、映像、音楽 etc /自著『旅をふりかえる旅』https://amzn.to/2Wb1mNs、『下らない生き方』https://amzn.to/2ZEjgKf /
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